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デンゼル・ワシントンは、なぜ共演者を霞ませるのか

✧Character Studies

Netflixに『The Little Things』が帰ってきていた。

私の大好きな、

デンゼル・ワシントンの作品。

見つけたのが朝の9時。

速攻で再び鑑賞。

今回 気になったのは、

共演したラミ・マレックだった。

彼については別記事で掘り下げたい。 

ラミ・マレックは、

『ボヘミアン・ラプソディ』で

Queenのフレディ・マーキュリーを演じ、

一躍世界的な俳優になった。

『リトル・シングス』は、

そのブレイク直後の作品。

繊細で真面目な刑事役が似合っていた。

これは、演技テクニック外の話。

画面に二人が並ぶと、

何故か私は

デンゼルを見ている。

あの役柄も、台詞が多いわけではない。

派手な動きをするわけでもない。

ただ、その場にいるだけで空気が変わる。

これは演技力だけでは説明できない。

命名するなら、存在の迫力

年齢を重ねた俳優の中には、

技術以上のものを身につける人がいる。

人生の経験なのか

積み重ねた作品なのか

または、

失敗も成功も抱えた時間そのものなのか?

理由は、色々あると思う。

しかし、

その人が画面に立つだけで物語の重心が動く。

そんな俳優が確かにいる。

デンゼル・ワシントンは、その代表格だと思う。

一方で、

ラミ・マレックの魅力は別の場所にある。

日本でいうオタクっぽい役もはまる雰囲気。

内側に向くエネルギー。

だからQueenフレディのような

複雑な人物のときに

あれほどの説得力があった。

デンゼル・ワシントンとラミ・マレック、

この二人は優劣ではなく

武器がまったく違うのだと思った。

それでも同じ画面に立つと、

デンゼルの存在は圧倒的。

映画を観終えて残ったのは、

事件の結末ではなく

「人は何を積み重ねると、存在そのものが説得力になるのか。」

そんな問いだった。

人は平等に年齢を重ねる。

しかし、

あの存在感は時間だけでは生まれない。

成熟とは、

その人が歩いてきた時間が放つ重みなのかもしれない。

― きょうは、「人が生み出す空気」を選ぶ ―

デンゼル・ワシントンという、感情の預け先

日常に戻るための夜 デンゼル・ワシントンという避難先

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