" /> フォロワーを集める時代から、作品を残す時代へ|SNSは借りている場所 | 美容家ルネ|50代からの美意識
✧Thoughtful Living

フォロワーを集める時代から、作品を残す時代へ|SNSは借りている場所

✧Thoughtful Living

SNSは、借りている場所。

自分の名前で投稿し

自分の写真を載せ

自分の言葉を書いていても

その場所の持ち主は自分ではない。

運営会社の規約が変われば、

昨日まで届いていた投稿が届かなくなる。

アルゴリズムが変われば、反応も変わる。

流行が変われば、

昨日まで注目されていた人が

今日には見えなくなる。

私たちは長い間、

借りた場所に自分の人生を並べてきた。

フォロワーを集めることが力だった時代

SNSが広がった頃、

個人が多くの人へ直接発信できることは画期的だった。

テレビにも雑誌にも出ていない人が、

自分の名前で意見を伝えられる。

小さな発信が人の目に触れ、

遠くにいる誰かとつながり

そこから新しい仕事が生まれる。

フォロワー数は、

その人が持つ影響力を見える形にした。

数が増えることは、

届く範囲が広がることでもあり

だから人は、フォロワーを集めた。

何時に投稿すれば見られるのか。

どんな写真なら反応が増えるのか。

どんな言葉なら拡散されるのか。

気がつけば、

伝えたいことより

届きやすい形を先に考えるようになり、

発信するためにSNSを使っていたはずが

SNSに好かれる発信をつくるようになってきている。

数字は、その場所の外へ持ち出せない

フォロワー数は、

自分についているように見える。

でも実際には、

そのプラットフォームの中でだけ通用する数字。

別の場所へ移れば、またゼロから始まる。

アカウントが停止されれば、

フォロワーや再生数は一瞬で失われる。

収益化の条件が変われば、

積み上げてきたものの扱いも変わる。

私は、

長い時間をかけて投稿を重ねてきた人が、

突然の規約変更やアカウント停止によって

現実を受け止めきれずにいる姿を見てきた。

失われるのは数字だけではない。

毎日考え、撮り、書き、編集してきた時間。

フォロワーは場所に残り、

作品を生む力は自分に残る。

この違いに気づくと、

数字だけを財産と考えることはできなくなる。

プラットフォームは変わる

プラットフォームは移り変わる。

アルゴリズムも変わる。

流行も変わる。

文章から写真へ。

写真から動画へ。

長い動画から短い動画へ。

個人発信の主役は、

何度も入れ替わってきた。

次に何が中心になるかは不明。

ただ、

書いた文章、話した声、考えた跡形は

その人のもの。

どこで公表したかより、

何を考え、どんな言葉にしたのか。

人に残るのは、こちら側。

発信と作品は違う

発信は、刹那。

今日知ってほしいこと。

今日反応してほしいこと。

今日つながりたい人。

速さには力がある。

しかし、

その日の反応が終われば

役割を終える投稿も少なくない。

作品は、時間の先へ向かっている。

半年後や10年後に誰かが見つけるかもしれない。

書いた本人が、

未来に読み返すかもしれない。

そのとき、何を見ていたのか。

なぜそう考えたのか。

何を選び、何を選ばなかったのか。

作品には、その人の思考が残る。

だから私は今、

どれだけ早く反応されるかより

あとから読めるものになっているかを考えている。

私はいま、アーカイブを作っている

私は長い間、発信する側にいた。

知ってもらうために書き、

人とつながるために投稿し、

仕事へつなげるために自分を見せてきた。

それを否定するつもりは全くない。

発信したからこそ出会えた人がいて、

SNS起業が成立した。

SNSによって

個人が持てる可能性も充分知っている。

しかし今の私は、

発信者というより

アーカイブを作っている。

今日だけ見られるものではなく、

時間が過ぎても読めるもの。

その場の反応で消費される言葉ではなく、

自分の判断が残る文章。

これはSNSから逃げるのではなく

数字の力を知ったあとで

それだけでは残らないと気づいた者の選択。

フォロワーを集めることが、

自分の外側へ人を増やす行為なら、

作品を残すことは、

自分の内側にあったものを形にすること。

人に見つけてもらうためだけではなく

自分が生きた時間を

なかったことにしないためのもの。

作品は、

未来の自分や誰かと出会うために残す。

― きょうは、今日の反応より、時間の先へ届く作品を選ぶ ―

タイトルとURLをコピーしました