" /> 真面目な人ほど生きづらい理由|50代で気づいた、自分を責め続けた50年 | 美容家ルネ|50代からの美意識
✧Thoughtful Living

矛先は他人ではなく自分だった|真面目さが私を苦しめた50年

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成熟の記録(3/3)──

長い間、

私は自分に厳しい人間だと思っていた。

その性格のおかげで得られたものも多い。

会社員時代は無遅刻、無欠勤。

約束は守る。

任された仕事は最後までやり切る。

妥協が苦手で、責任感も強かった。

周囲から見れば

「真面目な人」で済む話だったかもしれない。

けど最近、

その真面目さの正体に気づいた。

矛先を他人ではなく、

自分に向けていた。

失敗を責めるのも自分。

休むことを許さないのも自分。

もっと努力しろと言い続けるのも自分。

私はずっと、

自分自身を相手に戦っていた。

この癖は、

仕事では武器になっている。

起業して間もない頃、

NHKの取材を受けたことがある。

当日、ディレクターに尋ねてみた。

「なぜ私を選んだのですか」

返ってきた答えは意外なものだった。

「まじめなところです」

その言葉は今も忘れられない。

当時の私は、

特異な実績や派手さが評価されたのだと思っていた。

けど相手の目に映っていたのは、

仕事への向き合い方だった。

いま振り返れば、

その「まじめさ」は

自分を厳しく律する癖の裏返しでもあった。

仕事では信頼につながり、

美容では自分を追い込む理由にもなった。

その真理を

私はまだ完全にはつかみ切れていない。

細部まで気を配り、手を抜かず、

期待以上を目指す姿勢は、

多くの場面で役に立った。

だから簡単に否定する気にはなれない。

ただ、その刃は鋭すぎた。

他人へ向けることなく、

自分だけを切り続けていた。

人は他人より、

自分にいちばん残酷になれる。

私は、その典型だったのかもしれない。

厳しさは、ときに人を成長させる。

けど厳しさだけでは、

人は幸せになれない。

刃は道具として使えば役に立つ。

握りしめたままでは、

自分の手を傷つける。

ようやく私は、

その当たり前のことを学び始めた。

── きょうは、自分を追い込む力より、自分を生かす力を選ぶ。──

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