なぜ言葉が途切れないのか。
阪神戦の配信を録るたび、不思議な気分になる。
Podcast配信(stand ㎙)
アフタートークに言葉が止まらない。
「次、何を話そう」
そんなことを考える暇もなく、次の選手が顔を出す。
また出てきた。
まだある。
自分でも少し可笑しい。
台本なんてない。
毎回、一番驚いているのは私。
ショップチャンネルでは数年、
生放送で話してきた。
だから「話す」こと自体は珍しくない。
でも基本的には、
積極的に人前で話すタイプでもない。
のに、今は少し違う。
阪神戦を観て感じたこと。
選手の成長。
野球人生の話。
全部が自然につながっていく。
話しながら、
もう一人の自分が少し離れた場所で眺めている。
「まだ出るの?」
「そこへ飛ぶ?」
長引きそうだから無理やり切り上げる。
人は毎日書き続けると、
文章だけが育つわけではないみたい。
考え方そのものが整理されていく。
だから話す時も、頭の中を探し回らない。
もう育っているから、勝手に出てくる。
配信で鍛えられたというより、
毎日書いてきた時間が、
別の形になって現れた感覚に近い。
能力は突然やって来ない。
積み重ねは、
ある日ひょっこり違う場所から顔を出す。
だから配信を聴き直すたび、
少しおかしくなる。
「今日もよくしゃべってる。」
「書くって、こんな副作用もあるんだ。」
そんなことを また面白がっている自分がいる。
― きょうは、「話す力」ではなく「積み重ね」を選ぶ。―
