富裕層と呼ばれる家庭が、
本当に子どもへ残しているものは何だろう。
私は、それはお金よりも
「判断軸」ではないかと思う。
学生時代、代々続く実業家一族の友人がいた。
大学での人間関係に悩み、
疲れ切ったある日
普段は多くを語らない父親に相談したらしい。
返ってきた言葉は、たった一言。
「友達は選ぶもの。」
人生は、
自分で選ぶものだという家庭の哲学
だったのだと思う。
20歳そこそこの私は、
「友達100人できるかな♪」の
対照的な考え方が新鮮だった。
けど今なら分かる。
あの一言は、人間関係の話ではなかった。
最近読んだ記事にも、
似た考え方が紹介されていた。
使用人が何人もいる富裕層の家庭では、
他人に任せることより
自分で考え
自分で判断する力を大切にしている。
子どもにも、
「あなたはどう思う?」「なぜそう考えるの?」
と問いかけ、
自分の言葉で考える習慣を育てるという。
日本では、
正解を覚える教育を受ける場面が多い。
一方で、
自分の答えを持つ訓練は意外なほど少ない。
だから大人になっても、
「おすすめだから」「みんながそうしているから」
と判断を委ねやすい。
けど、人生の大切な選択には
正解が用意されていない。
仕事も、お金も、人間関係も、
自分で決める場面の連続。
家庭で育つ判断軸とは、知識ではない。
「自分はどう考えるのか」
と問い続ける習慣そのもの。
親が子どもへ残せる一番の財産は、
資産だけではない。
自分の頭で考え、自分の責任で選ぶ力。
その力は、時代が変わっても色あせない。
判断軸は、家庭で受け継がれる文化。
── きょうは、自分で考える時間を選ぶ。──

