50代半ばになり、はっきりしたことがある。
人は、
増やすことだけでは満たされない。
むしろ何を残すかに、
その人の美意識が表れる。
世界や国内情勢を追い続けるうち、
私の判断基準は大きく変わった。
過剰に働かない。
必要以上に生産も消費もしない。
休息は、生きるために必要な選択。
衣食住が満たされ、
明日も穏やかに食べられるなら、
それだけで豊かな人生と考えるようになった。
世間の常識に無理をして合わせない。
一人で過ごす時間にも価値を認める。
社会的地位や肩書きだけで人の幸福や価値を測らない。
収入も同じ。
際限なく上を目指すより、
自分にとって満足できる水準を知るほうが難しい。
一旦 立ち止まり、
暮らしを簡素化すれば、
働く時間を減らし
自分の時間を取り戻せる。
人間関係も数ではない。
本当に気が合う人との時間があればいい。
将来の絶対的な安心は、
誰にも約束されていない。
だから不確かな安心を追い続けるより、
今日の暮らしに喜びを見出すほうが現実的。
他者から高い評価をうける事を
人生の目標にもしていない。
必要以上に頑張る競争から降り、
自分の判断軸で暮らすほうが
圧倒的に心は軽くなる。
その変化は行動にも現れた。
「今後は服も靴もバッグも買わない」
と決めた約束を
驚くほど自然に守れている。
我慢している感覚はない。
価値観そのものが変われば、
欲望の向かう先も変わる。
令和という時代を生きる今、
私にとって豊かさとは、
所有ではなく選択。
多く持つことではなく、
自分に必要なものを見極めること。
成熟とは、
足りないものを探し続けることではなく、
すでに持っているものの価値に
気づく時代なのかもしれない。
── きょうは、「足りている」という感覚を選ぶ ──
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