人は回復するとき、
最初に体力を取り戻すわけではない。
少なくとも、私はそうではなかった。
以前の私は、洋楽ばかり聴いていた。
新しい音楽に興味を持つこともなく、
自分の好きな世界は
すでに完成していると思っていた。
ところが最近、変化が起きた。
サカナクションを
自分から聴きたいと思うようになった。
それも「流行っているから」ではない。
惹かれたのは、
歌詞の奥行きと洗練
日本語を丁寧に扱う姿勢
そして視座の大きさ。
一人の感情を歌っているようで
その先には時代や社会
人間そのものを見つめている。
特に「怪獣」のMVには目を奪われた。
かなり攻めている。
タイトルの「怪獣」と「懐柔」を
重ね合わせる含意。
ギリギリの風刺に息をのんだ。
尖っている。
久しぶりに
「もっと知りたい」と思えた。
その「もっと知りたい」という感覚こそ、
私にとって回復の始まりだった。
振り返ると、
あの数年間の私は、
ほとんど何も受けつけなかった。
光がつらく、音がつらく、音楽を流す気にもなれない。
筋トレも散歩も難しく、
本を読む気力も長く続かなかった。
それでも
阪神タイガースとNetflixだけは見ていた。
あの状態を
更年期だけで説明できるのかは分からない。
燃え尽き症候群だった可能性もある。
長い静養期間が必要だったのかもしれない。
大切なウサギさんを看病し、
その喪失を抱えた時間が
影響していた可能性も否定できない。
いくつもの出来事が積み重なっていたのだと思う。
その頃の私は、
よく口にしていた言葉がある。
「充分に生きた。」
「いつ人生が終わっても悔いはない。」
絶望していたわけではなく
むしろ逆だった。
生きているうちに、
自分が見てきたもの、
考えてきたことを残しておきたい。
その気持ちが、
文章を書き始める原動力になった。
私は「何かを成し遂げたい」より、
「生きた証をアーカイブしたい」
という思いのほうが強かった。
回復とは、元気になることではない。
以前と同じ生活に戻らなくていい。
人によって違うだろうが、
私の場合は「好奇心」が戻ることだった。
新しい音楽に耳を傾ける。
歌詞を読み込む。
知らなかった世界へ、
自分から一歩近づいてみる。
その小さな動きが、
止まっていた時間を再び前へ進めてくれた。
サカナクションは、
私にとって単なる好きなアーティストではない。
回復の始まりを知らせてくれた
ひとつの指標だった。
そして今、あらためて思う。
人は回復すると、
最初に取り戻すのは体力ではなく
未来に向かう小さな好奇心なのかもしれない。
── きょうは、心が動くものを選ぶ。──
今思えば、更年期うつだったのかもしれない|光も音もつらく、残ったのは阪神とNetflixだった
Next Update : 2026.06.19
生きた証をアーカイブしたい|私が毎日文章を書く本当の理由
〠 はじめての方へ

