" /> 小学6年生で考えたアンネ・フランク|『悲劇の少女アンネ』と答えを教えない授業 | 美容家ルネ|50代からの美意識
✧Thoughtful Living

小学6年生で考えたアンネ・フランク|『悲劇の少女アンネ』と答えを教えない授業

✧Thoughtful Living

買い物の帰り。

稼いだお金の半分近くが、

税金や社会保険料として消える今。

日本の政治にムカムカしていた。

後ろから若い女の子の声が聞こえた。

歌ってハモっている。

振り返ると20代前半くらいの男女3人組。

楽しそう。

ああ、そうか。

こういう状況でも、頭の中は自由なんよ。

そこから、なぜかナチス・ドイツへ飛んだ。

そして小学6年生まで戻った。

女子の班で『悲劇の少女アンネ』を選択した

担任がかなりユニークな先生だった。

普通の公立小学校。

小学6年生にゼミのような授業をさせた。

いくつかの班に分かれ、本は自分たちで選ぶ。

私たちは女子の班。

選択した本が『悲劇の少女アンネ』

一冊みんなで読破した。

意見を出して、話して、最後にまとめて発表する。

先生がアンネを読ませたわけではなく、

私たちがアンネを選択した。

アンネを見るか、母親を見るか

私たちの班で最後まで焦点になったのが、

アンネと母親の心の置き方だった。

ユダヤ人が次々に連れて行かれる中、

アンネたちは隠れ家で暮らしている。

外へ自由に出られない。

いつ見つかるかわからない。

それでも食べ物はまだある。

アンネは将来を見る。

いつか外へ出て

これから自分の人生がある。

一方、私たちは母親を違う見方で読んだ。

もっと厳しい境遇にいる人たちがいる。

私たちにはまだ食べ物があるし

自分たちより厳しい状況を見る。

小学6年生の私は、

最後までどちらがいいかわからなかった。

アンネのように先を見る方がいいのか。

今まだあるものを見る方がいいのか。

どちらとも言えず、

班でも意見が割れ結論は出なかった。

今の私は、どちらも使う

あれから何十年も経った。

今の私は、

どちらかひとつを選ばなくていいところまで来ている。

一人の頭の中で、視点はいくつあってもいい。

ナチス・ドイツについても、

小学6年生の頃とは見る場所が変わった。

当時は、ひどいことをした国、

ひどいことをしたヒトラーという認識が先にあった。

今の世界情勢や経済、

国家と国民の関係を見るようになると

なぜ人々がそういう政治を支持したのか

なぜ社会がそちらへ動いたのかまで考える。

賛同とは別の話。

どう見るか。

どこを見るか。

どこから見るか。

そこは自分で決める。

音楽の時間にはビートルズが流れた

あの先生が、

そこまで考えて授業を作っていたのかは知らない。

生徒に本を選ばせ、考えさせ、

答えを与えない。

音楽の時間には、

ビートルズを何曲も聴かせてくれた。

昭和の公立小学校。

買い物帰り、

日本の政治にムカムカしていた。

後ろから若い3人の歌声が聞こえた。

今の私は、ひとつだけ見なくていいと思っている。

― Lune

タイトルとURLをコピーしました