ずいぶん前のことになる。
東京・赤坂のホテルのラウンジで、
偶然、認知科学者で脳科学博士の
苫米地英人さんの姿を見かけた。
宵の口のラウンジ。
苫米地さんは
女性二人に挟まれる形で話し込んでいた。
雰囲気からすると、
出版か仕事の打ち合わせのように見えた。
そのとき私が思ったのは、
「ドクター苫米地、なんで
あんな入口から見渡せる場所に座ってる?」
ラウンジの中央寄りでありながら、
出入りする人の動きが自然と視界に入る位置だった。
その光景だけが、長く記憶に残っている。
長年、苫米地さんが
「入口と出口を把握し、
店全体を確認できる位置を意識する」
という趣旨を語っているのを知ってはいるが、
あの日の席は絶対位置だったのか?
もちろん、
あのとき本当に
その理由で座っていたのかは分からない。
けど私には、
その場所の選び方そのものが、
苫米地さんらしい思考に見えた。
実は私は、その場で握手をお願いしたかった。
胸が高鳴っていた(笑)
しかし、
お三人の空気はあまりにも真剣で、
私が入り込む余地はなさそうだった。
結局、遠くから見つめるだけで、
その場を後にした。
いま振り返ると、
記憶に残っているのは
苫米地さんの顔より服装よりも座席だった。
人は話す内容だけでなく、
どこに身を置くかにも価値観がにじむ。
一杯のコーヒーを前に、
どの席を選ぶのか。
その小さな選択の積み重ねが、
その人の思考や世界の見え方を
静かに物語っているのかもしれない。
― きょうは、目立つ席ではなく、自分の判断が生きる場所を選ぶ。 ―
〠 はじめての方へ
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