あんなケリーバッグを見たことがない。
印象に残る人は、
決して持ち物の数を誇らなかった。
むしろ「これは長く使いたいから選んだ」と穏やかに話す。
その姿勢には流行を追う軽さではなく、
自分の基準で生きる落ち着きがあった。
以前、一時期交流のあった
裕福な女性のご自宅へ伺ったことがある。
そこで目に留まったのは、
丁寧に使い込まれた黒のケリーバッグだった。
新品の輝きとは違う。
内ぬいのケリーは、自立ができないほど柔らか。
年月を重ね、なんとも言えない存在感を放っていた。
バッグを見ながら笑顔で私に言った。
「気に入っていたんだけど、もう重くてね。使う?」
突然のことに、
若い私は 妙な遠慮をしてしまった。
「ありがとうございます。
あ、シンガポールで見つけたんですぅ」
と、可愛げのない返事をしてしまい、
会話は自然と価格の話へ移っていった。
今となれば、頂いておけばよかったと思う。
もちろん、その方には他にもバッグがあった。
それでも、
長年手入れをしながら使い続けたケリーには、
単なる所有物ではない
時間の積み重ねが宿っていた。
新品では決して出せない迫力があり、
豊かさとは 買い替える力ではなく、
愛着を育てる力 なのだと教えられた気がした。
本当に上質な人ほど、
「いくつ持っているか」ではなく、
「何を残し、どう使い続けるか」を大切にしている。
その選択には、
その人自身の人生観が映っている。
上質な人は、持ち物より「選び方」が美しい ——
上質さは値札では決まらない。
何を持つかより、なぜそれを選ぶのか。
その理由に、その人の価値観は表れる。
若い頃には、数を集める楽しさがある。
けど、年齢を重ねると、
本当に気に入ったものを
長く慈しむ喜びへと変わっていく。
人は選択を重ねながら、
自分の美意識を磨いていく。
反対に、考えず増やし続ければ、
暮らしも思考も曖昧になりやすい。
私は、美意識とは飾る技術ではなく、
手放す基準を持つことだと思う。
情報も物もあふれる時代だからこそ、
大切なのは選択。
成熟とは、可能性を失うことではない。
本当に必要なものだけを残し、
自分の基準で生きること。
豪華さはつくれても、
品格は日々の選択の積み重ねからしか生まれない。
—— きょうは、増やす前に選ぶ理由を確かめる ——
本物の富裕層は、何を買うかより「何を買わないか」でわかる
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