50代からの美意識は、
「何を足すか」より
「何を通過し、何を選び取るか」で深まっていく。
女優、王族という役割を経た
メーガン・マークルの現在の佇まいには、
上質を通過した人だけが持つ判断軸と澄度がある。
力まない言葉と装いから、
成熟した美意識と生き方を見つめてみたい。

メーガン・マークルが、
文章で思想を発信し、
公開の場でマイクを持って語る姿を見たとき、
私は「いい感じ」と思った。
シャツスタイルで、
どこかリラックスしている。
主張はあるのに、
力が入っていない。
その佇まいが、
とても自然に見えた。
私はもともと
ドラマSUITSが好きで、
最終話まで完走している。
メーガンと
主演ガブリエル・マクトが見たくて
一時期は 一日中
テレビでSUITSを流していた。
彼女のメイクが好きだし、
画面越しにも透けて見える
知性と、線の細さに惹かれていた。
彼女は今
王族ではなく
女優へと戻りはじめている。
女優という表現の現場と
王室という制度と象徴を
確かにくぐり抜けてきた人。
王室に嫁いだ後も、
次男の妻という立場をわきまえた意識が、
洋服のデザインや
色の選択から、
手に取るように伝わってきた。
前に出すぎないが、
消えもしない。
その距離感に、
私は彼女自身の知性を見る。
Netflixで描かれる
彼女の世界観にも、
同じ一貫性を感じる。
家族を一番に愛し、
守り、
育むことを最優先にしている姿。
それは演出というより、
彼女の判断基準そのもののように映る。
メディアからの
激しい攻撃の中でも、
彼女は「何を見るか」を
自分で決めている。
何に傷つき、
何を受け取らず、
何を信じるか。
その選別が、
言葉や佇まいに滲んでいる。
それでも、
バッシングは止まらない。
周囲が用意したわかりやすい物語に、
自分を押し込めることなく、
求められる役割を演じ続けることもしない。
「こう扱えばいい」が
通用しない存在は、
常に扱いにくい。
私は、
そこに強い好感を持っている。
くぐり抜けてきた人の言葉は、
声を張らない。
説得もしない。
それでも、
聞く人の中に
ちゃんと残る。
シャツ姿で
マイクを持つメーガンを見て
感じた「いいな」は、
憧れではない。
ああ、
この段階に入った人の
佇まいなのだと、
ただ確認しただけだった。
