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Netflixで『古畑任三郎』を観て苦しくなった理由|田村正和という美意識

✧Character Studies

Netflixに『古畑任三郎』が新着で並んでいた。

懐かしくて再生。

【第12話】最後のあいさつ ー 田村正和×菅原文太

この1話だけを観た。

途中から苦しくなり、

胸が締め付けられるようだった。

この感情は、

「昭和Kawaii」連載中にも何度か起きた。

昔が良かったと主張する気もないし、

昭和に戻りたいわけでもない。

それなのに苦しい。

なぜか?

私は10代後半、

ドラマ『熱くなるまで待って!』を観ていて

田村正和が好きになった。

お相手役の石原真理子が大好きで

私から見れば完璧な女性だった。

お二人が並ぶだけで美しく

本当にお似合いだった。

若い私は、あんな恋に憧れていた。

今思えば、

田村正和という人は

貴重な男性だったように思う。

昭和から平成にかけて

数えきれないほどの美女たちと共演した

日本を代表するテレビ俳優だった。

それなのに結婚は一度きり。

人生最後まで奥様と歩まれた。

セリフは相手役の分まで覚えていたという。

私生活は売らない。

大きな声で目立ちに行かない。

日本人らしい端正な顔立ち。

マッチョではない。

それでも場を支配してしまう。

そんな人だった。

どれもこれも理想の男性に見えた。

今回、私が苦しくなったのは、

田村正和という数少ない

日本を代表する個性ある俳優を

もう見られないという喪失感と、

均一化が進んだ俳優像への物足りなさ。

日本には、

こんなにも正統派のハンサムが存在したということ。

品も、知性も、色気もある。

声を張り上げなくても

人を惹きつける俳優がいた。

時代は移り 社会も変化した今、

そうした魅力が以前より

目立ちにくくなっているようにも見える。

私は田村正和を惜しんで

あの時代そのものを惜しんでいる。

言葉をゆっくり味わう時間。

1時間ドラマを腰を据えて見る習慣。

俳優の私生活より、

作品の中の存在感を楽しむ文化。

ああいう男性が成立し

距離感の美学があり

沈黙の品が評価されていた時代。

私たちは便利さと引き換えに、

何か大事なものを置いてきたのかもしれない。

Netflixで『古畑任三郎』を観ながら苦しくなったのは、

そこに気づいてしまったからだった。

若い頃の私は、

田村正和の外見を見ていた。

格好良くて、品があって

石原真理子と並ぶ姿に憧れていた。

あの頃の私は、それで充分だった。

けど今は違う。

私が見ているのは、彼の生き方。

大きな声で目立たなくても、

存在そのもので人を惹きつける。

あの頃の私が

それを受け取るには若すぎた。

だから令和のいま、

『古畑任三郎』を観ながら苦しくなった。

人の表と裏も見てきた57歳で

田村正和の深さを含む格好よさを

ようやく理解し始めた。

でも皮肉なことに、

やっと理解できた頃には

もう ご本人はいない。

人生には、

若すぎて受け取れなかったものがある。

田村正和という人は、

私にとってそのひとつだった。

本当に美しく、憧れるに値する人だった。

── きょうは、失いたくないものを選ぶ。──

デンゼル・ワシントンという、感情の預け先

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