2000年までの時代に
シャネルを渉猟した
圧倒的な消費体験。
その後、
メゾンブランドで培った審美眼と
ショップチャンネル生放送の現場で得た
実践の知見。
この歳月から見えてきた、
ラグジュアリーは
なぜ静かなのか。
私は過去、
国内外の
メゾンブランド店舗に
足しげく通い
自分の基準で選び続けてきた。
仕事の軸としても、
メゾンブランドに
長く携わってきた。
売れる現場に長くいると
あることに気づく。
本当に選ばれ続けるものは、
売る言葉が増えない。
ショップ内は、
きわめて静謐。
澄んでいる。
心地よい。
けれど
裏はまったく違う。
時間を超えるものほど
裏では
激しく戦っている。
最初に決めた あり方は
最後まで生き続ける。
どの素材を選ぶか。
どの形を残すか。
どこを削るか。
どこで採算を合わせるか。
無数の判断が、
何度も何度も重ねられる。
その衝突が終わったあと
残るのは
ひとつだけ。
それは、
焼土から
花が咲くようなもの。
激しい時間を
すべて通り抜けたあと
最後に残るのは
澄度。
その裏で、
企画
アトリエ
会議室
本社連絡が飛び交う画面
客注が重なる画面
無数の判断が
いまも続いている。
それが
ラグジュアリーの正体。
—— きょうは 生き続けるものの裏側を見る。——
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人は価格ではなく 納得で買う|強く売る現場で見えた 消費の構造

