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DeNA監督の退場処分より気になったもの

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6月7日のソフトバンク戦で、

DeNA監督の相川亮二氏が退場処分になった。

報道では、

判定への抗議が長引いたことが

理由とされている。

もちろん個別の判定には個別の事情がある。

私は野球のルール論よりも、

別のものに引っかかっている。

ここ数日続けて見かけたのは、

「判断する側」と
「判断される側」

という図だった。

異議を唱える。

違和感を言葉にする。

納得できないと表明する。

その結果として、場から排除される。

私はその一連の流れに

強い違和感がある。

問題は、その判定が

正しかったか間違っていたかだけではない。

その光景を見続けた観客や人々が

何を学習するか。

私たちは、

制度やルールだけで

動いているわけではない。

空気からも学習する。

「あまり強く言わない方がいい。」

「異議は唱えない方が得だよね。」

「疑問は胸の中に置いておいた方が安全だ。」

そんな空気が少しずつ積み重なる。

支配とは、

命令だけで成立するものではない。

むしろ人々が自発的に黙り始めた時の方が、

はるかに効率よく機能する。

マイルドな独裁国家。

だから私が見ているのは、

退場処分そのものではなく

違和感を言葉にすること。

異議を唱えること。

納得できないと表明すること。

それらが少しずつ

難しくなる社会になっていないか?

そちらの方。

正しいか間違っているかより先に、

「言うと面倒になる」

その感覚が広がった時、

人は自分の言葉を失う。

そして言葉を失った社会は、

思っている以上に脆い。

—— きょうは、自分の違和感を手放さないことを選ぶ。——

森下翔太の退場処分に見えたもの|違和感を言葉にする人はなぜ排除されるのか

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