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森下翔太の退場処分に見えたもの|違和感を言葉にする人はなぜ排除されるのか

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阪神 vs 楽天を見ていて、

森下翔太選手の退場処分に引っかかった。

三振したことではない。

打席の中で感じた違和感を言葉にし
その後に起きたこと。

私は長くNPBを見てきた。

判定に疑問を感じる場面は何度もある。

それでも、

こんな感情が湧かない審判もいる。

仮に誤審があったとしても、

なぜか後味が残らない人がいる。

一方で、

今回の場面には引っかかった。

私が見ていたのはストライクかボールかではない。

「その判定おかしくないですか?」という

違和感を言葉にした人が、

退場処分という形で処理される構図だった。

違和感を口にする。

私は、それ自体は悪いことではないと思う。

人は疑問に感じたことを言葉にしていい。

もちろん試合進行のためのルールは必要。

ただ今回見ていて感じたのは、

「抗議ではなく侮辱だ」

という解釈によって、
違和感を口にした側が処理される構図だった。

観客の立場からすると、

「いや、その前に判定のほうを検証しろよ」

とも思う。

野球は長く

審判の権威によって支えられてきた。

けど今メジャーではABS

(自動ボール・ストライク判定)が導入され始めている。

人は間違う。

それは仕方がない。

問題は、間違いそのものではなく、
検証できないことではないか?

判定への疑問を口にした選手が退場になる。

そこに見えるのは、

「権威を守る仕組み」

であり、

「正確な判定を追求する仕組み」

ではない。

だから私は、

今回の場面に強い違和感を覚えた。

退場処分という制圧。

「お前、勘違いするなよ。」

そんな感情を抱いた。

疑問を持つこと。

違和感を言葉にすること。

それ自体まで失われてしまったら、
競技ではなくなってしまう。

少なくとも私はそう思っている。

—— きょうは、違和感を黙らせる側ではなく、言葉にする側を選ぶ。——

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