" /> 三島由紀夫は、なぜ最後の演説で固有名詞を語らなかったのか | 美容家ルネ|50代からの美意識
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三島由紀夫は、なぜ最後の演説で固有名詞を語らなかったのか|あの場でも作法を手放さなかった理由 

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三島由紀夫のショート動画が流れてきた。

以下、文言を記述します。

——

彼の最後の日に、

バルコニーから撒布された檄文は

まさに今の私たちを

深く嘆いているようだった。

我々は、

戦後の日本が

経済的繁栄にうつつをぬかし、

国の大本を忘れ

国民精神を失い

本を正さずして末に走り

その場しのぎと偽善に陥り

自ら魂の空白状態へ落ち込んでいくのをみた。

政治は矛盾の糊塗、

自己の保身

権力欲

偽善にのみ捧げられ、

国家百年の大計は、

外国に委ね

敗戦の汚職は払拭されずに

ただ誤魔化され

日本人自ら

日本の歴史と伝統を汚してゆくのを

歯噛みをしながら

見ていなければならなかった。

ショート動画、以上。


あの有名な演説は、

当時の陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地

(現在の防衛省がある場所)の

東部方面総監部庁舎2階、

総監室前のバルコニーとのこと。

三島由紀夫という、

日本最高峰の言語能力を持った小説家が

最後に選んだ舞台が

“書斎”ではなく“バルコニー”だった。

三島は人生の結びで、
原稿用紙ではなく
群衆に向かって身体で作品を書こうとした。

何もかも知り得た彼が、

人生最後の演説台で

固有名詞を語らなかった。

三島はあの日、

言おうと思えば

特定の政治家名も
組織名も
個人名も
もっと強い言葉も使えたはず。

割腹直前でも尚、

日本の作法を手放さなかった。

その姿に、

日本人としての矜持と

三島由紀夫の美意識を見る。

最後の瞬間まで失われなかった
彼のインテリジェンスを思う。

—— きょうは、言葉より先に作法を選ぶ。——

三島由紀夫という“電気ポケモン”に感電した夜

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