「日本人ほんとバカ。」
今日は、黙っていられなくなりました。
衆院選をめぐる空気を眺めていると、
考えること自体が放棄され、
思考の筋肉が衰えてた社会を見ているようで、
言葉が荒くなる瞬間があります。
もちろん、
全員がバカになった、などと思っていません。
ただ、
考えない選択が、あまりにも当たり前になりすぎた
そう感じるのです。
生活は苦しく、
情報は洪水のように押し寄せ、
考えても報われなかった事実だけが積み重なる。
この状態で、
「自分の頭で考えろ」と言われても、
それは少し酷なのかもしれません。
けど一方で、
考えないことに慣れすぎた結果、
自分が何を選ばされているのかさえ、
見えなくなってはいないでしょうか。
考えない人が
多数派になった瞬間から、
我が国では
「考える人」の方が、
面倒な存在になりました。
選挙前だけ
国民に寄り添うふりをし、
当選後は
増税と移民推進に転じる――
この手口に、
私たちは何十年
騙され続けるのか。
それを「現実的」と呼び、
「仕方ない」と言い聞かせ、
思考を止める。
その繰り返しが 社会全体の知性を
摩耗させているように見えます。

少し意地悪なことを書くと、
考えないことは、楽です。
傷つかずに済み、
責任も負わずに済み、
間違えたとしても「みんなと同じ」でいられる。
でも、その代償として、
判断力は確実に鈍っていく。
数年前のあの決断も、
結果ではなく
“判断そのもの”に
違和感が残っている・・・
それはもう、
個人の問題ではなく、
社会の空気の問題です。
今回の選挙も
「何かを選ぶ場」ではなく、
「何も変えないことを選ぶ場」に
なってしまっている。
私は時々、
「日本人ほんとバカ。」
と口にしたくなります。
でも正確には、
バカになったのではなく、
バカでいる方が楽な環境が、
長く続きすぎた
そう感じています。
それでも、
考えられる人まで、
思考を手放す必要はない。
むしろ、
考えられる側が、
この空気に迎合しないことに意味がある。
毒を吐きながらでも
苛立ちながらでもいい。
考えることをやめない人が、
静かに言葉を残していく。
それしか、この日本が
”1億総白痴化”を防ぐ方法はないと
今の私は感じています。
※とても簡単に言えば、
考えないことに慣れすぎると、
人は、自分が考えていないことにすら気づかなくなります。
この美意識の軸となる人物像については、こちらにまとめています。
▶ 美容家ルネとは|50代からの美意識を導く美容家

