男前製造機、司馬遼太郎。
この装置は 人格で男前にしていく設定。
・武力が強いだけではない
・知性がある
・判断が静か
・無駄に喋らない
・国家や時代を見ている
読者は気づかないうちに
その人格に恋をしてる。
人は、完成された男ではなく、
「完成していく瞬間」に恋をするから。
しかも厄介なのは、
史実まで男前に見えてくること。
19歳の頃。
私は、
『風神の門』の忍者、
服部才蔵に恋をしていた。
実在してもおかしくないほどの
大人の男だった。
才蔵の不器用な優しさに惹かれた。
アイドルの写真でもない。
参考書でもない。
読み終えた『風神の門』を
私は2年間 バッグに忍ばせていた。
あの頃 先輩は言った。
「龍馬に
私のすべてを捧げたい」
司馬が生む男前に、
恋する熱量は異常値。
司馬遼太郎とは、
野比のび太を
歴史の中に立たせる作家。
のび太。
普段は、
弱い
泣く
逃げる。
でも、
守るもの
覚悟
状況
が揃うと
突然 覚醒する。
司馬遼太郎の主人公には
共通する人物構造がある。
普段は、
普通
地味
むしろ弱い。
でも、
国家
時代
戦
に入ると
急に男前になる。
構図はこれ。
平常時のび太
=ダメ人間。
覚醒時のび太
=司馬遼太郎の主人公。
のび太の人生で、
過去に見てきた男たちを
見事にカッコよく
大人のヒーローに仕立てていく。
そして女性描写の多くは、
のび太が恋した
しずかちゃんの影が濃い。
ジャイアンと
できすぎ君を模した人物も登場する。
強さ
知性
誇り
のび太は
その両方を見てきた。
子どものころ
ただ眺めていた背中。
負けた日
逃げた日
悔しかった日。
その全部が
後になって人物になる。
のび太は
自分を英雄にしない。
いつも少し離れた場所から
男たちの背中を書き続ける。
だから彼の歴史には、
いつも人間の体温がある。
私が子どもの頃、
母が愚痴を話したあと
席を立ちながら言っていた。
「酔って候」
お酒は一滴も飲んでいないのに
毎回そうだった。
司馬遼太郎の短編
『酔って候』。
幕末の大名
山内容堂を描いた作品。
司馬遼太郎が描いたのは、
英雄の強さではなく
人間の揺れだった。
気づけば
のび太は、
書く側に立っていた。
英雄ではなく、
英雄を生む側に。
そのとき
のび太は、
歴史を書く人になっていた。
考えてみると、
のび太を生んだ人も
同じ場所にいる。
藤子F不二雄。
彼もまた、
自分を英雄にせず
ただ人間をずっと見ていた。
弱い人
強い人
ずるい人
やさしい人
その全部を
静かに観察していた。
だから
のび太が生まれた。
そして
歴史を書く人間も
同じ場所から生まれる。
司馬遼太郎も
また
英雄ではなく
英雄を生む側の人だった。
物語を読んでいると
ときどき
同じ型の作家に出会う。
英雄を書いていたのは
ずっと のび太だった。

