50代になると、
「昭和の台所」で覚えた味や時間が、
ふとした日常の中でよみがえることがあります。
母から受け取った
“本物の味”を、
令和の今、どう受け継いでいくのか。
これは、
タラコの煮つけと和風弁当を通して綴る、
ちいさな美意識の記録です
大きなタラコを煮た。
昭和の台所で、
母がよく作ってくれた
「鯛の子の煮つけ」と
同じ味付けで。
台所で支度をする母のそばに立ち、
その日の出来事を話したり、
ときに意見を聞いたりしながら、
私はおかずの作り方を
身体で覚えていった。
レシピ帳はなかった。
分量も、手順も、
言葉では教えられなかった。
火加減、
鍋の音、
煮立つ匂い。
母の背中を見ながら、
「このくらい」という感覚を
受け取っていく時間だった。
義母が持たせてくれる
「鯛の子の煮つけ」もまた、
忘れがたい味で・・・
母のそれとは違い、
驚くほどダイナミックで、
A5のお肉まで
一緒に炊き込まれている。
この一品、
実は夫の口には
ほとんど回らない。
たっぷりと昆布を敷き、
酒、黒糖、しょうゆ、みりん、天然塩。
甘辛く、しっかりとした味。
“もどき”ではない、
本物の調味料で作る
タラコの煮つけは、
令和の今では
すっかり贅沢品になってしまった。
奈良では、
鯛の子そのものも
なかなか見かけない。
先日また、
義母から
鯛の子の煮つけを
持たせてもらった。
けれど今回は、
どこか
義母らしくない味だった。
義母は年女の午年、
84歳。
夫のリクエスト通り、
私は静かに
炊きなおした。
味を直すというより、
時間をつなぎ直すような
手つきだった。
──これは、
いずれ私も
通る道なのだろう。
帰省した娘が
東京に戻るとき、
私は必ず
手作りの和風弁当を
持たせている。
娘は
大谷翔平世代。
日本人の自信を牽引する
立派すぎる大人が
同じ時代にいる。
けれど、
親にとっては、
どんなに頼もしくなっても
子は、やはり子。
お弁当の感想は
いつも短い。
「めっちゃ美味しかった」。
平成生まれの娘の成長過程で、
台所で日常の報告を聞き、
意見を交わした回数は、
正直、少なかったと思う。
それは私が、
仕事で家を空けることが
多かったから。
欠けた時間を
取り戻そうとしているのかどうかは、
自分でもよくわからない。
それでも、
“もどき”ではない調味料で作る
和風弁当は、
これからも、
いくつになっても
持たせ続けるつもりでいる。
味は、
言葉よりも
正直だから。

