若い人の流行や模倣について。
成熟世代がそのままなぞると、
佇まいに無理が生まれる。
そんなことを私は随分書いてきた。
すると今度は、
別の声が聞こえてくる。
「貴様はどうなんだよ。」
はい。
おっしゃる通りです。
この、お前はどうなんだよ問題。
私は美容室へ通う頻度を落とさない。
間隔が空くほど、
美意識だけでなく暮らしにも崩れが入り始める。
小さな崩れを育てないため。
美容クリニックも同じ。
若返りのためでなく、
崩れを育てないため。
美容を語るなら、
まず自分自身はどう向き合っているのか。
何を選び、
何を選ばないのか。
そこが伴わなければ、
口だけ番長になってしまう。
私自身は最近、
若返りという言葉にあまり興味がなくなった。
代わりに見ているのは、
崩れを育てない
ということ。
若返り競争ではなく、
髪の乾燥を放置しない。
肌の乾きを見逃さない。
姿勢の崩れを放置しない。
疲労を溜め込まない。
大きな崩れは、
小さな放置から始まる。
だから私は、
劇的な変化を求めるよりも、
崩れを育てない方を選ぶ。
派手ではない。
映えもしない。
けど長い時間を振り返ると、
結局はこういう積み重ねが相貌を作る。
私は若さを追いかけるより、
崩れを育てない方を選んだ。
その結果として残るものを
これから見てみたいと思っている。
—— きょうは、崩れを育てない方を選ぶ。——
50代よ、無理して若作りしないで。大人の美は“選ぶ側”にある
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