高級レストランやホテルラウンジで
見抜かれる人と
見抜かれない人の違い。
ホテルのラウンジでも
高級鮨店でも
割烹でも。
その空間に身を置いたとき
自分を 大きく見せたい という
執着に囚われている人を
ときどき散見する。
スタッフに対し
いかに自分がここを知り尽くしているか
という空気感を漂わせる。
「いつもありがとうございます」
という言葉を
相手に言わせるための
誘導と
知ったかぶりの振る舞い。
私はそれを見かけても
ただ、見ないふり
聞かないふりをする。
それが
その場に居合わせてしまった者としての
慈悲だと思うから。
だけど、
正直に言えば
そんな自分も
それほど出来た人間ではない。
「うああ・・・」
という心の声が
漏れそうになり
ひきつった笑顔になることもある。
けど、
これだけは言っておきたい。
ラグジュアリーな場に立つプロは
文字通り、百戦錬磨。
一日にかなり多くの
欲望 と 虚栄 を
目の当たりにしている。
彼らは、
箸の上げ下ろしひとつ
椅子に腰を下ろす所作ひとつで
その人の真実を
見透かしてしまう。
大きく見せようとする背伸びが
どれほど その空間の品格を汚し
本人を滑稽に見せているか。
その残酷な事実に
本人だけが気づいていない。
私が美しいと感じるのは、
理解できない物事に出会ったとき
「これはどういった調理ですか?」と
正直に質問できる
器を持った人。
自分の無知をさらけ出すことを
恐れない。
自分を過剰に装う必要がないほど
内側が満たされている。
そこに
場を和ませるような冗談のひとつでも
言えたら
それこそが
本物の成熟なんだと思う。
メニューにある正解をなぞるよりも
自分の心と体に
嘘をつかない選択をすること。
成熟世代の美意識は
何を知っているか、ではなく
何を知らないと言えるか、に現れる。
自分を大きく見せるための鎧を脱ぎ
ただの私として座る。
その潔さだけが
一流の空間と溶け合い
本物の対話を生んでいく。
—— きょうは、背伸びをやめるほうを選ぶ。——
The Ritz London パームコートでイチゴを頼んだ夜

