注視とは、
賛成か反対かを決めることでなく、
距離を取ることでも、
声を上げることでもない。
”手順” を見ること。
どの政党の誰が、
どの順番で、
どの声を通し、
どこを飛ばしたのか。
何が説明され、
何が「説明不要」とされたのか。
その省略の癖を、
見逃さないこと。
注視とは、
結果に驚かないための行為でもある。
決定が出た瞬間ではなく、
決定に向かう過程で
すでに選別されているから。
議論がないことより、
議論があったことにされる速度を見る。
異論が消えるのではなく、
扱われ方が変わる瞬間を見る。
注視とは、
判断を保留することではない。
投票先への判断を
最後まで自分の手から離さないこと。
喝采が起きても、
沈黙が続いても、
思考の位置を動かさない。
拍手に参加しないが、
視線を外さない。
それが、
注視という行為。
そして本当は、
これだけのこと。
見ているふりをしない。

