美魔女がなぜ量産されるのか、
その理由と本物の美しさとの違いを
反射体と発光源という構造から見ていく。
美しさには、成立の仕方が二つある。
既存の光を反射する存在と、
自ら光を発する存在。
その違いに気づいたとき、
長年の違和感が
言語化できた。
長年、
なぜその人が重宝されているのか、
理解できなかった。
整っているわけでもない。
突出しているわけでもない。
なのに、常にそこに配置されている。
最近になって、ようやく理解した。
その人が特別だったのではない。
その回路に
正確に適合していただけだった。
量産される理由は単純。
反射体は、構造に適合すれば再現できる。
既存の光を読み取り
それを正確に返す。
この型は
誰でも習得できる。
だから増える。
光を発しているのではなく、
既存の光を正確に反射している。
要は、安定して役割を果たす存在。
それは能力ではなく、
適合性の問題だった。
誰もが、そこに入ることはできる。
条件はひとつ。
自分が発光源であることを手放すこと。
本質的に強い存在は、
構造の中で機能するのではなく、
構造そのものを変えてしまう。
だから、そこに属さない。
属さないのではなく、
属す必要がない。
そこに留まると、
自分の発光が、
反射へ
変換されてしまうことを知っているから。
発光源は、
自己発電型。
扱いづらい存在。
それでいい。
本来、価値は表面ではなく、
発生源そのものに宿る。
—— きょうは、発光源で在ることを選ぶ。——
