苦労は買ってでもしろ
に違和感を覚えた過去の話。
「苦労は買ってでもしろ」
と言う人の横で
私は一度、本気で怒り
頭がおかしくなりそうだった。
そんな言葉は軽すぎて
無責任に聞こえた。
渦中にいる者に、
そんな整った言葉を放つこと自体が
安全圏の発言に見えたから。
今になって
その言葉が含んでいた意味は
理解できなくもない。
ただ、
私は選ばない。
その言葉を使うことで
置き去りになるものがあると知っているから。
痛みの最中にいる者にとって
言葉は
刃にもなる。
私は
あの側には立たない。
—— きょうは 言わない選択をする。——
