50代の朝は、
完璧に整えるよりも
ゆとりのある美しさがよく似合う。
ベッドのシーツは、
きっちりと角を揃えなくてもいい。
軽く撫でるように整えるだけで、
それだけで十分、空間は落ち着く。
テーブルも同じ。
部屋全体を完璧に片付けなくても、
一角だけ、目に入る場所だけを整える。
それだけで、
部屋の「気」がふっと澄むのを感じる。
若い頃は、
すべてが整っていることが
美しさの条件だと思っていた。
乱れがないこと。
隙がないこと。
完璧であること。
でも今は、
整えすぎないことで漂う
自然な気品に、心が惹かれる。
余白がある空間には、
人の呼吸が入り込む。
風が通り、
光が留まり、
気持ちが置いていかれる場所が生まれる。
逆に、
整えすぎた空間は、
どこか息が詰まる。
美しくはあるけれど、
そこに“自分”がいられない。
50代からの上質さとは、
何かを足すことではなく、
残すことを選ぶ感覚なのかもしれない。
すべてを揃えなくてもいい。
すべてを片付けなくてもいい。
呼吸できる余地があること。
気持ちがふっと緩む場所があること。
それが、
大人の暮らしに必要な
本当の「整い」だと思う。
上質とは、
完璧な片付けではなく、
呼吸できる空間を許すこと。
整えすぎない朝から始まる一日は、
不思議と、
一日そのものも優しく整っていく。

