誰かの模倣に心を乱されるのは、
まだ自分の軸が揺れている合図。
人となりを理解できるようになると、
不要な感情はふわりと静まっていく。
模倣を続ける人の背景と、
成熟した大人が選ぶ “解放のスタンス” について綴ります。
今日は、やや辛口です・・・
誰かの真似ばかりしてしまう人を見るとき、
多くの場合、その背景には
「悪意」よりも 軸の不在 がある。
自分の軸が育たないまま、表層だけを真似る。
その生き方は、心までも “借りもの” になってしまい、
落ち着く場所も、立ち戻る中心も見つからない。
だからぶれるし、疲れるし、満たされない。
自分の世界を生み出せない人は、
どうしても他人の形を借りるしかなくなる。
そのたびに、自分の内側にある空洞を思い知らされるから、
苦しさは静かに積もっていく。
けれど、
本来の創造力がある人は、
模倣を続ける人生を選ばない。
というより──選べない。
軸がある人にとって、借りものの世界は狭すぎて、
呼吸ができないから。
軸が弱いと、
外側の環境に幸福を委ねやすくなる。
誰かが褒めてくれれば一気に明るくなり、
少し否定されるだけで、
まるで地面が揺れたように落ち込む。
その不安定さは、
本人の “軸” がまだ育っていないサインでもある。
だから私は、相手を責めるより、
「この人はまだ、自分の中心に出会えていないんだね」 と理解する。
理解は、解放につながる。
相手を縛らず、自分も傷つけない、大人の距離感。
成熟とは、こうした静かな姿勢の積み重ねかもしれない。
他人の模倣に心を乱されなくなると、
夜の空気のように、すっと感情が静まる。
自分の軸に戻ることが、いちばんの守りになるから。
この美意識の軸となる人物像については、こちらにまとめています。
▶ 美容家ルネとは|50代からの美意識を導く美容家

