人との関係が長くなるほど、
「悪気のない一言」に違和感を覚えることがある。
50代を過ぎると、その感覚はより繊細になる。
善意の言葉は、本来あたたかいもののはず。
けども時に、それは凶器になる。
苦労した側は、思い出したくない。
乗り越えたからではない。
そこを自分の“現在地”として扱われたくないだけ。
一方で、語る側は悪気がない。
理解しているつもりで、
過去の印象を更新せずに抱え続けている。
ここに生まれるのが、
更新されない理解と
更新し続ける当事者のズレ。
人は歳を重ねるごとに、
何度も自分を組み替えながら生きている。
なのに、昔のラベルで語られると、
痛痒い違和感が積み重なっていく。
関係は、切らなくていい。
でも距離は、選べる。
すべてを共有しなくてもいい。
過去に貼られたラベルから、
そっと離れる自由がある。
それは冷たさではなく、
成熟した大人の美意識だと思う。
——
正解を降りた女。
美容の先で、美を生き直す人。
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