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昭和kawaiiは なぜ消えなかったのか|中原淳一と内藤ルネが残した少女文化

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昭和kawaiiを作った
中原淳一と内藤ルネの少女文化を考える。

昭和Kawaiiの少女たちについて 綴ってきた。
こんなにも愛らしい絵を前にして
いま胸が詰まっている。

昭和kawaiiは
大きな声で生まれた文化ではない。

旗も
スローガンも
運動もない。

けど
少女たちは

季節の花を愛で
大きなリボンに憧れ
品格と洗練を見守った。

戦争のあと社会は

強さ
勝利
競争

そういう言葉が
社会を満たしていた。

その中で

鉄より 植物や花
軍服より やわらかなレース
命令より 小鳥のさえずり

死より
何を選んで生きるか。

それは
とても小さな選択だった。

けど
その小さな選択が

私たちに
愉しみ と やさしさを残した。

中原淳一と内藤ルネが残した

証明しない
競わない
急がない

これが
昭和kawaiiの精神。

私は昔から
中原淳一と内藤ルネの作品が好きだった。

作品展にも足を運び
書籍も何冊か持っている。

50歳を前にしたころ
一度だけ

内藤ルネの少女に
なってみたくなり、

ピンクのワンピースを
自分でデザインし
オーダーで仕立てた。

ヘアもメイクも
内藤ルネの少女を模した。

ほとんどコスプレに近い。

その姿で
宣材写真を撮った。

あの頃
私は少しだけ、

あの絵の中に
入りたかった。

昭和kawaiiは
叫ばない。

ただ
少女たちの世界に
やわらかい場所を作った。

戦後文化への
静かな対抗として
少女の世界を創造した。

それは、
とても静かな革命。

昭和kawaiiは
強くならなかった。

けれど、

消えなかった。

—— きょうは、やさしさを選ぶ。 ——

中原淳一と内藤ルネ 違いは何か|昭和kawaiiを作った二人

— Lune

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